2006年12月25日
聖夜に想う
今日はクリスマス。
本当のクリスチャンは、今日は神に感謝の気持ちを込めて、静かに祈りを捧げるそうです。
子規は、クリスチャンでもなければ、宗教そのものに縁のない人間です。
(法事のときだけお世話になる、都合のいい仏教徒)
でも今日は、ちょっとだけ神について、考えてみたいと思います。
哲学的観点でいえば、ニーチェによって「神は死んだ」らしいです。
しかし私は神について違った考えを持っています。
それは、「必然」か「偶然」かと言う観点です。
日々の出来事、出会い、別れ。
それぞれにおいて、「これは、必然だ」と考える人は神の存在を肯定し、「偶然だね」と考える人は神の存在を否定する、子規はそのように考えています。
例えば、いま子規のブログを読んでいるあなた!!
そうそう、そこのあなたですよ。
あなたが、今ブログを読んでいるのは、「偶然」or「必然」?
多分偶然だと答えるでしょう。
でも考えてみてください。
あなたがこのブログを読むのにどれだけの偶然が必要なのかを。
まず、私がブログを書いていること。
ブログを書くとこをko-coに決めたこと。
お店を神戸に出したこと。
サラリーマンを辞めて、お店を始めたこと。
これがずーっと続いて、最終的に子規がこの世に生を受けるとこまで遡ります。
同じように、読み手であるあなたがこの世に生を受けるまで偶然を遡るのです。
その確率は、天文学的数字っていうか計測不能なぐらいの確率です。
こう書くと、ちょっと運命的な出会いだと思いません?
そして、これを必然と言うには、天文学的な偶然の確率を必然に変える存在が必要で、それが「神」だと私は思います。
私は、自分の人生を必然だと考えています。
そして、みなさんとの出会いも必然だと考えています。
聖夜の夜。
多くの人たちとの出会いに、自分の人生に、そして「神」に・・・。
感謝の祈りを捧げます。
しかし私は神について違った考えを持っています。
それは、「必然」か「偶然」かと言う観点です。
日々の出来事、出会い、別れ。
それぞれにおいて、「これは、必然だ」と考える人は神の存在を肯定し、「偶然だね」と考える人は神の存在を否定する、子規はそのように考えています。
例えば、いま子規のブログを読んでいるあなた!!
そうそう、そこのあなたですよ。
あなたが、今ブログを読んでいるのは、「偶然」or「必然」?
多分偶然だと答えるでしょう。
でも考えてみてください。
あなたがこのブログを読むのにどれだけの偶然が必要なのかを。
まず、私がブログを書いていること。
ブログを書くとこをko-coに決めたこと。
お店を神戸に出したこと。
サラリーマンを辞めて、お店を始めたこと。
これがずーっと続いて、最終的に子規がこの世に生を受けるとこまで遡ります。
同じように、読み手であるあなたがこの世に生を受けるまで偶然を遡るのです。
その確率は、天文学的数字っていうか計測不能なぐらいの確率です。
こう書くと、ちょっと運命的な出会いだと思いません?
そして、これを必然と言うには、天文学的な偶然の確率を必然に変える存在が必要で、それが「神」だと私は思います。
私は、自分の人生を必然だと考えています。
そして、みなさんとの出会いも必然だと考えています。
聖夜の夜。
多くの人たちとの出会いに、自分の人生に、そして「神」に・・・。
感謝の祈りを捧げます。
Posted by 子規 at 20:49│Comments(0)
│日々の出来事